徘徊していても無事に帰って来れば問題は無い

徘徊しても

徘徊を問題視する声は多いですが、徘徊すること自体はそれほど問題ではないと私は思います。そう言うと、「徘徊をしてしまうと色々と危ないではないか」という声が出てくるでしょう。確かに徘徊というものは、様々な事故に見舞われるリスクがあるのはもちろんです。そのため、徘徊をすることイコールそのようなリスクとともにあると捉えていていいでしょう。しかし、これを逆転の発想で考えてみると、徘徊を問題であるということはなくなるかもしれません。その逆転の発想とは、徘徊が悪いということではなく、徘徊によって起こるリスクが悪いということです。なので徘徊していても無事に帰って来れば問題は無いと言い切れるのでは無いでしょうか。

徘徊というのは、つまりのところ見当識が無い状態でうろつきまわってその時に事故に合うからこそ悪いと言われます。そのため、社会の見守り体勢などを強化して、徘徊をしている人が事故に合わないような環境作りをするとどうでしょうか。

もう徘徊が悪いことであるとは言えなくなります。

よく福祉の分野では、医療モデルと環境モデルという二つの言葉が使われており、環境モデルというのは一つの障害に対して環境が変わることによってその障害が無くなるという概念があります。徘徊もまたその環境モデルによって解決がなされる症状の一つではないでしょうか。つまり、徘徊をやめさせるという医療モデルではなく、徘徊を受容して安全を見守れるような環境作りをするということです。このような取り組みができれば、徘徊は心配しなくてもよくなります。

徘徊をしてしまう人を見ると、どうしてもその行動を制限したくなりがちです。その制限という行動をしてしまうのは無理は無いのですが、その人の権利擁護を考えた場合は強制的な制限はよくないですので、どちらかというと制限よりも周りの私たちが環境作りをして徘徊しても心配のない状況を作り出してあげるべきでしょう。